遍路紀行

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遍路紀行その66 栗林公園〜84番屋島寺〜85番八栗寺〜牟礼
(H19.11.16)


八栗寺にて



街路樹の落葉


長い酷暑の夏からいきなり晩秋になったようでした。


40日ぶりの遍路の朝は震え上がる寒さ。

どんよりとした空の下、栗林公園から北東へ向かって歩き始めました。

独特の形でこれと分かる屋島を見ながら、紅葉しきらない街路樹が落葉している歩道を5.7キロ、1時間半で潟元(かたもと)まで来ました。



紅葉の道


少雨で干上がった屋島の道池


屋島は「史跡天然記念物」とのこと。


千年の昔、戦に明け暮れ、源氏と平氏の戦ではあちこちに伝説を残しましたが、ここ屋島ではどれほど多くの人々が血を流し、数々の物語を後世に残したことでしょう。


カサコソと落ち葉を踏み、「食わずの梨」や「御加持水」のお地蔵さんに手を合わせ、シマカンギクの鮮やかな黄色に癒されながら2.6キロ、1時間でようやく84番・屋島寺(やしまじ)の山門に到着しました。

急な上り道でした。

時折見える紅葉はハゼの木のようです。


シマカンギク



屋島寺本堂

広い境内には、鎌倉時代に建てられたという本堂ほか数々の堂宇。

中でも目を引くのが、源平合戦の遺物などを納めているという近代的な宝物館と、本堂右に赤い鳥居がずらりと並んだ蓑山(みのやま)大明神。

この蓑山大明神は、霧深い屋島で難渋した大師を蓑笠つけた老人に化けて山上まで案内したという屋島太三郎(たさぶろう)狸を祀ったものです。



屋島太三郎狸は、佐渡の団三郎狸・淡路の芝右衛門狸と並び日本三名狸と言われるとか。


その化け方の高尚さと変化妙技は日本一、四国狸の総大将とあがめられたというから只者ではありません。


蓑山大明神


宝物館


水商売・縁結び・子宝授けに福運をもたらす狸として全国から信者が訪れるそうです。

歩き止めると寒さが身に沁みます。


本堂と大師堂でお参りを済ませてから、山門近いおみやげ屋さんで昼食です。

巻き寿司と釜揚げうどん。

うどんがぬるくなるほどの寒さで、食後、外に出る気も起りませんでした。



午後は車で参拝に来る人用の山門から出て、八栗寺へ向かいます。

上りの急坂よりもはるかに急角度の下りです。

気をつけたうえにも気をつけて、どうにか里に下りてきました。


紅葉の屋島から高松市街方面



難渋した下り遍路道


向かいには五剣山、中腹に八栗寺が見えています。

途中、ケーブルカーの駅があり、山頂まで4分ということで、利用する人もいました。

屋島寺から約6キロ、まれにみる急坂のアップダウン、それでも2時間で85番八栗寺(やくりじ)へつきました。



五剣山を背に緑青の屋根が鋭く尖る本堂です。


五剣山は元は5つの峰があったようですが、災害で崩れて、今では、3つ半?4つ?


八栗の謂れは、大師が入唐前に寺を開き、8個の栗を埋めて旅に出、帰国後、成長した栗に感激して「八栗寺」と名づけたということです。


八栗ケーブル



八栗寺本堂と五剣山


ここ八栗寺には「聖天堂」があり、歓喜天が祀られています。


「お聖天さま」や商売繁盛に霊験あらたかとかで、水商売の人たちには抜群の人気、ケーブルカーの手軽さも手伝って、正月や縁日は大賑わいだそうです。



お参りを済ませるとすでに午後4時、帰途はまたしてもの急坂、車道に「斜度21%」と出ていたから、遍路道は恐らくその倍はあるでしょう。

3.8キロ、1時間歩いて道の駅「源平の里むれ(牟礼)」に着いたときは、すでに夕暮れ時。

寒くて疲れた一日でしたが、「春日なごみの湯」が暖かく癒してくれました。


ハゼ紅葉



道の駅・源平の里 むれ



次回は11月30日〜12月1日(1泊2日)、牟礼〜86・志度寺〜87・長尾寺〜88・大窪寺までです。


       娘遍路


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