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堂の口開けまつり(春薬師) 高知県津野町宮谷(H19.2.25)


すくすく育て、子供達!



稲藁を持って集まってきます


津野町(旧東津野村)宮谷は、須崎から40キロほど西へ入った四国山地の中で、四万十川上流にそそぐ宮谷川周辺の、戸数40数戸、150人ほどの山間の地区です。



堂の口開けまつりは、宮谷地区の明王寺(お薬師様)というお堂の開帳日に、地区のみんなが総出で魔除けの「大わらじ」を作るという伝統行事で、もとは2月28日に行われていたのですが、時代の変遷の中で、みんなが参加できるようにと、2月最終日曜日に行われるようになりました。


ハカマを取る人



藁を叩く人


この大わらじのことを、地区では「金剛ばっこ」ともいいます。

その昔、地区に疫病が流行り、たくさんの人が犠牲になったことから、魔除けとして作られ始めたということです。



「この地区には金剛ばっこを履く金剛力の大男がいるぞ。

やっと半分ほどできたがまだどれだけ大きくなるか分からんぞ。

悪病神が入ってきたら踏み潰すぞ」

と悪霊を追い払う先人の奇抜な発想が今日まで続いています。


縄をなう人



大注連縄をなう人


当日は8時からの作業開始に向け、それぞれの家から一抱えずつの稲藁を持って集まってきます。

そして、いつとはなしにそれぞれがそれぞれに作業を始めています。



稲藁のハカマを取る人、稲藁に水を掛け木槌で叩く人、縄をなう人、大注連縄をなう人、注連縄の房を作る人、わらじを作る人、わらじの鼻緒を作る人、藁すぼを作る人。

みんながそれぞれに何かを受け持っています。


藁すぼを作る人



大わらじを作る人


その間にも、炊事場ではみんなにふるまう田楽や猪汁、祭りの後の慰労会のご馳走作りが進んでいます。

明王寺の住職さんは堂内での祭事のあと地区にある数箇所の祠へお参りに出向きます。

3時間ほどで、幅約2メートル・長さ約3メートルの大わらじや、長さ10メートル以上の大注連縄はじめ、全てのものが不思議なほど同じ頃に出来上がりました。



ちょうどその頃、明王寺の背後の山の祠まで帰ってきた住職さんの姿が見えます。

なんというタイミングの良さ!

だれも大声で采配を振るっているようには見えないのに、ゆっくりとてんでに時が流れているようにしか見えないのに、何もかもがぴったりと合っているのです。


完成間近



完成です



住職さんからお守りをいただいた
地区の宝・子供達


ミニわらじ付お守り



山間で長い歴史を助け合い生き抜いてきた人々の心が今も当たり前のように地区に根付いているから、こんなにもみんなの息が合っているのだろう、そんな感動で胸がいっぱいになりました。



さて、お堂に置かれた大わらじなどを前に祭事が行われ、地区の幼い子供達は大わらじの前で住職さんから無病息災のお守りをいただきます。

また、境内では、百万遍や大数珠回しが行われます。

集まった人たちには、熱々の田楽や猪汁が振舞われますし、お布施は各自の自由ということで、手作りのミニわらじ付お守りもいただけます。


大数珠回し



取り付けに出発


地域の団結だけでなく、外部との広い交流を目指している宮谷の人々の心意気が伝わってきます。

さて、境内での祭事が終わるといよいよ大わらじの飾り付けです。

国道近くの地区の入り口まで数百メートルを担いでいき、高いやぐらに取り付け、頭上には大注連縄が張られます。



飾り付けが終わると、藁すぼの中の「おいただき」(ご飯や煮しめなど)を一口ずついただき、無病息災、五穀豊穣を祈願、そのご利益のおすそ分けにあずかって祭りは終わり、なごやかに慰労会場へと帰っていきます。


ところで、宮谷地区には明王寺と大元神社があり、それぞれに年2回の祭りあって、地区長さんになると猛烈忙しいとか。


取り付け



大注連縄の取り付け


今回の春薬師のお祭りの事前の作業だけでも、2月からの200個のミニわらじ作り、やぐらの屋根の葺き替え、薬師堂やお祭りをするあちこちの祠などの清掃、樫の木でのわらじの骨組み作り、昨年の大わらじの撤去などがあります。



取り付け完了



嬉しそうに一人の長老が語ってくれました。

「こうやって集まって呑めるのが楽しみよ。地区長さんは忙しいき(忙しいから)、地区長さんの言うことはよう(良く)聞いて、否(文句)は言わん(言いません)。」


関連のホームページ

 宮谷のホームページ

            


藁すぼから「おいただき」

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