遍路紀行

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遍路紀行 その9 阿波おどり会館〜恩山寺 (H16.5.28)



美味しい幕の内弁当の昼食

5月28日

「金曜日の組(金・土・日の3便あります)は、今まで一度も雨に遭いませんね」と添乗員さんも驚く連続晴天の第9回遍路に行きました。


高知道・徳島道からの風景はすっかり新緑となりました。徳島ICを降り、かちどき橋を渡って中心街へ。

11時、早めの昼食は「白木ホテル」での幕の内弁当。
「えっ!遍路がこんなご馳走食べて良いの?」

これで飲み物がついたら、フツーの観光ツアーです。

先達さん:弁当を早く食べて、からくり時計を見に行こうナ

遍路・A:からくり時計って、はりまや橋にあるような?

先達さん:わしナ、はりまや橋まで見に行ったんや!あんなチャチなもんやないで!12時に動くからナ、遅れんように行こうナ

ということで、大急ぎで食事を済ませて、からくり時計を見にいきました。

歩いて2〜3分。阿波おどり会館のすぐ近くの「紺屋町」というバス停がからくり時計の場所で、11時55分に到着しました。

ところが、12時になってもからくりは動きません。
一緒に踊ってやったら動くのかなと路上で踊ってみたけれど、動く気配がありません。

12時5分、近くのお店の方に尋ねてみたら「壊れとるんですわ」


からくり時計は故障中 左後方は眉山


路傍の姫女苑(ヒメジョオン)


阿波おどり会館からは、「四国の道」を歩きます。

高知まで続く55号線に歩道が整備されていて「四国の道」になっています。

暑い5月の日差しと道路からの照り返しですが、かなり強い風が吹いていて、救われました。



単調な国道をあるいていると、路傍の草にも心ひかれます。


茅花(ツバナ)


「源義経上陸の地」の石碑

 小松島は島だった? 



勝浦川橋を渡れば小松島市。ここまでは6.5キロ。


やがて、国道から右に入り、ようやく静かな道を歩けるようになりました。


恩山寺の案内板も見え始め、近づいてきたことがわかります。



阿波おどり会館から10.5キロ(先達さんによれば12キロはあるとのこと)で、山懐にある18番恩山寺に到着しました。


母養橋


車で行けば気がつかない古びた山門



山門に入る手前の、どこかで見慣れたような擬宝珠のついた赤い橋は「母養橋」。



山門をくぐると木肌の赤い大きな毘欄樹(びらんじゅ)という唐木があります


この木は、弘法大師が母をこの寺に迎え入れた時の記念樹として、大師が植えられたものです。


昭和29年には、徳島県の天然記念物に指定されています。



毘欄樹


階段を上がると本堂です



恩山寺は、元は蜜厳寺といい女人禁制の道場でした。


この地に留まっていた弘法大師を訪ねてきた母親のために、大師は、禁制を解く秘法を修めて母親を迎え入れ、孝養を尽くされたことから、寺の名前も「母養山・恩山寺」と改めたそうです。



階段を上り詰めたところに本堂があります。

この本堂の左側から上がっていくと、恩山寺自然公園の展望台に出られるそうです。


大師堂には、大師が自らの像を彫り、本尊として安置しています。

母御堂は、息子に会いにはるばる讃岐から旅してきた母・玉依御前がここで剃髪したところです。


大師堂(向かって左)と並ぶ母御堂(右)

疲れたから座って仏前勤行です


今日の温泉は、徳島市内「文化の森総合公園」近くの八万温泉です。

美人の湯、乙女の湯、すべすべお肌、引き締まったボデー作りと、あま〜い言葉のてんこ盛り!

若返ってきれいになったか、って? 

モチロン!

               娘遍路

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