遍路紀行

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遍路紀行 その24 戸板島橋〜善楽寺 (H17.5.13)



青田風を受けながら



クサフジ


若葉風が爽やかな季節になりました。



今回はいよいよ県都高知市へ向かって歩きます。



9時半、物部川を渡って県道から左の遍路道へ入り田園地帯を歩きます。


大きなビニールハウスの中には一面のニラが育ち、他のどの田畑にも生活を支える農作物が育っています。



キケマン


白いツユクサ



遊休地に一面に咲いているクサフジ、道路わきの桑の実やスイカズラ、雑草の中の白ツユクサやキケマン、青田に集う白鷺など、ゆっくり歩いておればこその豊かな自然への感動。



スイカズラ


桑の実



自然がいっぱいの遍路道


地元とはいえ、車に依存した生活では、主だった道路の周辺しか知らないということを強く感じたことでした。



やがて国道195号線を横切り西へ。



昔からよく知られた「へんろいし饅頭」の店では、皆がどっと押し寄せ、お店は大忙しです。



手に手に饅頭をぶら下げてさらに行くと国分川に出ました。


「遍路石(地名)」
にある遍路石


遠くからも買いに来る
人気饅頭の看板



国分川橋


国分は奈良朝時代、国庁が置かれた土佐の中心地、国司・紀貫之ゆかりの地です。

橋を渡り堤防を西へ、そして田んぼの畦道のような道を進むと29番国分寺です。

戸板島橋から6.7キロ、1時間半で到着しました。



金堂

国分寺は、山門の正面に奈良朝様式を伝えた柿葺(こけらぶき)寄棟造りの金堂が美しくおおらかな姿を見せています。


国分寺山門



庭の苔


境内にある、春の枝垂桜、秋の白萩の美しさは広く知られています。

金堂の前庭の苔も輝いていました。

金堂・大師堂とお参りをし、国分寺を後にします。


そして昼食のため岡豊のレストランへバス移動。

ここでは大正12年(1923年)発行の「遍路道中図」の復刻版を頂きました。

午後は1時前に国分寺からはじめます。

涼しい青田風を受けながら岡豊山の南ふもとを水路沿いに歩きます。


水路のウツギ



いつもお洒落な遍路笠


ウツギの白い花が水路にかぶさるように咲き、、草イチゴが真っ赤な実をいっぱいつけています。

笑いさざめき、ルビーのような草イチゴを食べながらの足取りは少女のように軽やかです。

(・・・誰です? 笑っているのは!・・・)



民家の塀のきれいなサボテン


草イチゴ



やがて上り坂になり、国道32号線に出ると逢坂峠(おおさかとうげ)です。峠を降りると高知市一宮(いっく)。


国道から右へ入り目指す30番善楽寺に着きました。

西隣は土佐三大祭の「しなね様」で知られる土佐神社です。

国分寺から7キロ、1時間40分ほどでした。


善楽寺本堂


大師堂


善楽寺は明治初年以降のややこしい事情で、30番札所が2ヵ寺(善楽寺と安楽寺)あるという状態でしたが、平成6年に解決をみ、善楽寺が30番札所、安楽寺は奥の院ということになりました。

境内は、堂宇も新しく庭も整然としていました。



お参りを済ませてよく見ると、庭の隅に古めかしい「梅見地蔵」が座っています。

このお地蔵さまは首から上の病にご利益があるということです。

ところで、今回も遍路娘Yさんの友人が、冷たい飲み物や熱いコーヒーを用意して待っていてくれました。

他にもお饅頭などの差し入れがあり、14キロを歩いてきた後だけに
杯、杯とお代りもさせていただきました。本当にありがたいことでした。


梅見地蔵


お接待、ありがとうございます


疲れ落しは南国市にある「長岡温泉」へ。

ぬるり感のあるいいお湯でした。

豆知識(菅笠の文字 その2)

悟故十方空:悟りを開けば迷いは消え去り、行くところ全て楽土となる。


次回は5月27日、善楽寺〜竹林寺〜禅師峰寺までです。

           
娘遍路


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