高知の祭り

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椿山(つばやま)の虫送り 高知県仁淀川町 (H19.6.20)


新緑の谷で



秘境・椿山

仁淀川町の椿山地区は、町役場池川支所から車で40分北方向へ入った、標高600〜800メートルの急峻地にあり、石鎚山の南、愛媛県との県境に位置しています。

ここは、20年ほど前まで、本格的な焼畑農耕が行われていたという秘境です。


この集落は、壇ノ浦の戦いで敗れた平家と幼帝・安徳天皇が、阿波の国から吉野川沿いに土佐へ入り、韮生郷、本川郷などを経てこの地に入って、3年の歳月を過ごされたという伝説を残しています。

集落の中心には「将軍地蔵」を本尊とする氏仏堂(うじぼとけどう)があり、そばには、安徳天皇の側近で、潜幸地として椿山を発見したといわれる「滝本軸之進(たきもとじくのしん)」の霊社もあります。

「虫送り」行事の謂れは、平安時代の武将・斉藤別当実盛が源義仲との戦いで、稲株に足をとられて討たれ、亡霊が稲の害虫になったので、実盛を供養し、豊作を祈ったことが起こりといわれています。


対岸の滝



氏仏堂内で祈りが始まります

都市集中による過疎化、農業の衰退や大規模化による機械や農薬の使用などで、こうした行事は次第に廃れてきましたが、伝統の行事を守り、共同作業による集落の団結を守っていこうとする気運も残っています。

しかし、過疎地で伝統を守るには、どことも、人・物はすでに限界にきているように見えます。


数年ぶりに行ってみると、衣装がきれいになっている、笠や草履も新しい、太鼓が増えている、若い踊り手たちがたくさんいる、など、雰囲気が以前と違っています。

仁淀川町役場(教育委員会)が、伝統行事を守るために、人も物も協力しているのだということを知り、非常に嬉しく思いました。


滝本軸之進の霊社



太鼓踊り



集落を回る一行

さて、午後1時、踊り手はじめ、集落の人たちが氏仏堂に入り、般若心経を唱え、害虫退散・五穀豊穣の祈りをささげます。

そして境内の真ん中に火を焚き、周りを取り囲んだ踊り手たちがおもむろに太鼓踊りを始めます。

太鼓踊りは、安徳幼帝の子守唄として、また平家の武将や公達の慰霊として椿山集落に受け継がれてきたもので、町の無形文化財に指定されています。

8月に太鼓踊りとして奉納されているようですが、虫送りの日にもやっています。

饅頭笠を被り、腹に大きな締め太鼓を載せ、両手には白いカナバ(カンナで木を削ったもの)の房の付いたバチを握り、鉦に合わせて唄いながらゆっくりしたリズムで踊ります。


20分ほどで太鼓踊りを終わり、「南無阿弥陀仏」の幟を先頭に集落を一巡、各戸一本の太刀(木を削って太刀をかたどったもの)を持ち、急坂を下りて下の谷へ行きます。

新緑の谷で一列に並んでの太鼓踊りは眼にしみる美しさでした。

そして、最後に、いっせいに幟や太刀を谷川に投げて虫送りの行事は終了しました。


              


幟や太刀を谷川に投げて行事終了

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